学びは若者だけのものなのか?-「学ぶ」という小さな勇気-

教室に通っている生徒さんや、教室にご来校いただくお客様から、こんな話を聞くことがあります。

「家族にね、“そんな年でパソコン教室に通う意味があるのか”って言われました」

笑いながら話してくれるのですが、その言葉は印象に残ります。
悪意があるわけではないのでしょう。ただ、その言葉の向こうがわにある価値観が、気になるのです。

勉強や学びは、若い人、特に学生や社会人になりたての人がするもの。
能動的に行うものではなく、会社からの指示で、渋々(嫌々)行うもの。

そういう感覚が、まだどこかにあるのかもしれません。

本来の学びとは、何か特別な行為ではなく、人が少しずつ変わっていく、過程のようなものです。

そのように考えると、人は毎日のように何かを学び、昨日とは違う行動を行います。誰かとの会話で考えが変わることも、何かの拍子に行動が分かることも、きっかけは何であれ、どれも小さな学びです。

しかしながら、それを「自分から行う」ということになると、少し事情が変わるようです。

人は本来、慣れた生活や、安定した状態を保とうとする生き物です。

見知った方法、使い慣れた道具、変わらない世界。

それらを維持することで、安心して生きることができます。

だからこそ、新しいことを覚えるというのは、ほんの小さなことでも、勇気がいるのかもしれません。

新しい場所に行ってみる、ちょっと違うことを試す。

今までの自分の安心から、一歩踏み出す行為です。

パソコン教室に通ってくださっている生徒さんを見ると、学び続ける人には共通点があるように思えてきます。

特別な能力ではありません。

「知的好奇心」と「謙虚さ」です。

「どうやるんだろう、試してみよう」
「出来なかったら、どうしたらできるか聞いてみよう」

そんな風に試してみる人は、少しずつ出来ることが増えていきます。
分からないことは素直に聞ける、そんな人ほど、先へ進むことができるのです。

一方、対極に位置するひとは、続かないことがあります。
自分のやり方に拘り、できないことが受け入れられず、教えてもらうことに抵抗がある人には、新しいことが入りにくくなります。

そのように考えると、学び続けられるかどうかは、年齢よりも姿勢の問題なのかもしれません。

教室では、ときどきこんな言葉も聞きます。

「昔はできていたんだけどね」
「変わってしまったから、分からなくてね」

きっと本当にそうなのでしょう。技術は変わり続けますし、私たちの知識も、放っておけば少しずつ古くなっていきます。

だからこそ、ときどき立ち止まって、「もう一度やってみよう」と思えることが、案外いちばん大切なのかもしれません。

パソコン教室に来てくださる人たちは、すでにその一歩を踏み出している人たちです。そう思うと、私はときどきこんなことを考えます。

学びというのは、特別な能力でも、若い人だけの特権でもなく、ただ、
“ほんの少し外へ出てみる勇気”なのではないかと。

<エッセイ>


教室の詳細はこちらからご確認ください。延岡校用リンクバナーです。

〒882-0863
宮崎県延岡市緑ケ丘4-20-2 1階
TEL:0982-29-3011

延岡校公式SNS
[Instagram📷]:延岡校公式Instagram(@ccnobeoka) 
[X(旧Twitter)🐧]:延岡校公式X(@ccnobeoka)


教室の詳細はこちらからご確認ください。ゆめタウン中津校用リンクバナーです。

〒871-0065
大分県中津市蛭子町3-99 ゆめタウン中津1F
TEL:0979-26-0850

中津校公式SNS

[Instagram📷]:ゆめタウン中津校公式Instagram(@ccnakatsu)
[X(旧Twitter)🐧]:ゆめタウン中津校公式X(@cc_nakatsu)